はじめに
2018年6月、地理的表示(G.I.、Geographic Indications、以下G.I.と呼びます)で、ワインの産地として「北海道」が指定されました。ワインでは「山梨」がすでに指定されていますので、「北海道」を入れると2つめのワインのG.I.産地が誕生したことになります。日本ではお酒の地理的表示制度は1995年に始まり、今では、清酒、蒸留酒、ブドウ酒について10の指定があります。1
日本のG.I.については、日本語での読み物も多くありますので、今回は65ものG.I.があるオーストラリアのワイン産地について紹介します。
G.I.とは?
G.I.という言葉は専門的です。「よく知られているワイン産地」と考えるほうがしっくりくると思います。よく名前を聞くワイン産地は、実は制度的に守られ育ってきた産地であることが多いです。日本でいえば、山梨や北海道が該当するでしょう。日本のワイン産地といえば山梨だと思う日本人は多いはずです。G.I.長野も、もうすぐできるかもしれません。
デジタル大辞泉では、「原産地と結びついた品質や社会的評価を備えている産品に付される、産地を特定する表示。発泡性ワインの「シャンパン」やチーズの「ロックフォール」など。(以下、省略)」と説明されています。この説明にあるように、G.I.で守られている産品はお酒に限りません。日本では、神戸ビーフ、夕張メロンなども登録されています。2
にせものなど不正な使用があれば取り締まりがおこなわれますので、知的財産として保護されることになります。日本のG.I.は日本国内で守られるだけでなく、日本と同等の制度があり日本と相互に保護する約束をしている外国でも守られます。
皆さんがよく聞くオーストラリアのワイン産地といえばどこでしょうか。ハンターバレーやマーガレットリバーなどは聞いたことがあるかもしれません。ヤラバレー、マクラーレンヴェールなどを聞いた人もいるでしょう。冒頭にあるように、オーストラリアにはG.I.で保護されるワイン産地は65ありますので、日本で知られているオーストラリアのワイン産地はそのうちの一部に過ぎません。
日本のG.I.商品が諸外国でも守られているように、オーストラリアで守られている欧州のワイン産地は現在887あります。3
相互に保護する約束があることから、たとえば、オーストラリアで造られたスパークリングワインは、フランスのシャンパーニュ地方で造られるシャンパンと同じ製法で造られていても、「シャンパン」と名乗ることはできません。
オーストラリアのワインに関する制度のあらまし
オーストラリアはニューワールドに属し、ワイン造りの歴史は欧州に代表されるオールドワールドの国々に比べると浅いほうです。日本ソムリエ協会の教本には、主な産地とワインの制度について概要が紹介されていますが、その分量は欧州のオールドワールドの国々に比べると少なめですし、オールドワールドに比べ複雑ではないことから、呼称資格認定試験のために覚えることも比較的少なめです。ソムリエの資格を持っている人でもオーストラリアの地理的表示について詳しく知っている人は少ないのではないでしょうか。
オーストラリアの地理的表示や伝統的表現などの保護については、203ページからなるオーストラリアのワイン法に規定されています。4
地理的表示委員会という委員会があり、この委員会が地理的表示の申請をうける形で審議します。地理的表示を認定する条件についても書かれています。どういう産地が、どこにあるのかなどをみましょう。
数多くのワイン産地
オーストラリアには6つの州とその他の特別地域があります。図表で真ん中上方に位置しているノーザンテリトリー以外でワインが造られています。具体的には、西から西オーストラリア州(Western Australia、WA)、南オーストラリア州(South Australia、SA)、ビクトリア州(Victoria、VIC)、タスマニア州(Tasmania、TAS)、ニューサウスウェールズ州(New South Wales、NSW)、クイーンズランド州 (Queensland、QLD)にワインのG.I.産地があります。オーストラリアの首都はキャンベラで、キャンベラがある地域は首都特別地域(Australian Capital Territory、ACT)と呼ばれ、位置的にはNSW州の中にあります。G.I.ワイン産地はCanberra regionという名前でNSWの産地のひとつです。
ダーウィンがあるノーザンテリトリーの気候は、北部海岸付近が熱帯性気候、内陸部は砂漠気候で、ワイン造りには適していないことから、ワインのG.I.産地はありません。その他の州でも砂漠地帯があり、ワイン造りは主に大陸の海岸沿いのエリアでおこなわれています。国土は広くても、ワイン造りに適さない地域も多いことから、オーストラリアのブドウ栽培面積はあまり大きくありません。オーストラリアの醸造用ブドウ栽培面積は約13万ヘクタール、フランスの約79万ヘクタール、スペインの約98万ヘクタールと比べると小さめです。5
この13万ヘクタールの中の一部が図表の中で色がついている65のG.I.ワイン産地です。たとえば、シドニーがあるNSWには、14のG.I.があります。ですが、この14の産地の中で日本で知られているのはハンターバレー(Hunter、図中の32)くらいだろうと思います。その他には、日本人捕虜収容所跡地や日本庭園があり日本にゆかりのあるカウラ(Cowra、35)のG.I.、シドニー近郊の避暑地として美しい砂浜で有名なショールヘイブン(Shoalhaven Coast、41)のG.I.などがあります。首都キャンベラ(Canberra District、40)もG.I.ワイン産地として登録されています。それぞれのワイン産地の特徴やG.I.の詳細については、ワインオーストラリアのホームページ(https://www.wineaustralia.com/labelling/register-of-protected-gis-and-other-terms/geographical-indications)で公開されています。たとえば、首都キャンベラのワイン産地は、1998年2月9日に産地としての認定をうけ、産地としての範囲は地形図と文章で明確に示されています。
おわりに
オーストラリアワインを飲む機会があれば、ぜひ表ラベルをよくみてください。ブランド名の下にはいくつかの記載があります。ビンテージは収穫年で、その年に収穫されたブドウが85%以上であればビンテージを記載できます。G.I.についても産地のブドウが85%以上使われている場合に記載できますが、記載しなくても問題にはなりません。複数のG.I.が記載されているワインボトルもまれにありますが、これも制度違反ではありません。ただ、複数のG.I.を記載するには95%以上のブドウがその産地から収穫されたものであること、多いほうの産地から記載することが義務付けられています。オーストラリアワインのラベル表示についても面白い話ができます、次回以降に取り上げる予定です。
===文中の補足説明===
1
お酒の地理的表示一覧は国税庁のサイトにあります。
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/chiri/ichiran.htm
地理的表示「北海道」を名乗るにあたって、満たすべき生産基準もあります。
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/chiri/1806_besshi01.htm
2
お酒以外の地理的表示産品は、地理的表示法(正式名称は「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」)によって守られています。2018年9月時点で69産品登録されています。
3
オーストラリアの65産地:
https://www.wineaustralia.com/getmedia/598f7973-7adc-4706-be7e-54e5e35dac13/DIGI_Web_Discover-booklet-E.pdf
保護されている外国の産地(2017年12月1日時点):
https://www.wineaustralia.com/getmedia/a2da60a7-7337-4fe3-b6b3-0cdcf02cd663/Publication-of-Notice-of-Interim-Determination-EU-GIs-887.pdf
4
Wine Australia Act 2013 は次のサイトでみることができます。
https://www.legislation.gov.au/Details/C2017C00368
ワイン法の改正や廃止になった関連法も公開されています。
https://www.legislation.gov.au/Series/C2004A02362
5
Anderson, Nelgen and Pinilla著『Global Wine Markets, 1860 to 2016: A Statistical Compendium』アデレード大学出版、38ページ。
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