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ワインの歴史における大事件「パリスの審判」とは何か?

Hitomi
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時は1976年。世界中のワイン関係者を震撼させたある事件が起きました。その事件はギリシャ神話の挿話になぞらえて、『パリスの審判』と呼ばれました。


ギリシャ神話「パリスの審判」とは?

パリスの審判(パリスのしんぱん)は、ギリシア神話の一挿話で、トロイア戦争の発端とされる事件である。

イリオス(トロイア)王プリアモスの息子パリス(アレクサンドロス)が、神々の女王ヘーラー・知恵の女神アテーナー・愛と美の女神アプロディーテー(ローマ神話においては、ユーノー・ミネルウァ・ウェヌス)という天界での三美神のうちで誰が最も美しいかを判定させられた。
テティスとペーレウスの結婚を祝う宴席には全ての神が招かれたが、不和の女神エリスだけは招かれなかった。エリスは怒って宴席に乗り込み、「最も美しい女神にあたえる」として黄金の林檎を投げ入れた。この林檎をめぐってヘーラー・アテーナー・アプロディーテーが争った。ゼウスは仲裁するために「イリオス王プリアモスの息子で、現在はイデ山で羊飼いをしているパリス(アレクサンドロス)に判定させる」こととした(パリスの審判)。この時、女神たちは様々な賄賂による約束をしてパリスを買収しようとした。ヘーラーは「アシアの君主の座」、アテーナーは「戦いにおける勝利」を与えることを申し出た。しかし、結局「最も美しい女を与える」としたアプロディーテーが勝ちを得た。「最も美しい女」とはすでにスパルタ王メネラーオスの妻となっていたヘレネーのことで、これがイリオス攻め(トロイア戦争)の原因となった。トロイア戦争の間にパリスを憎むヘーラーとアテーナーとはギリシア側に肩入れした。
なお古い伝承ではパリスがアプロディーテーの加護の下に置かれ、ヘレネーが連れ去られたとするが、後にゼウスの娘であるヘレネーは半神とみなされ、不敬を避けるためパリスが略奪したのは、ヘレネーに似せて作られた雲で出来た像であったとする説ができた。

引用:Wikipedia「パリスの審判


1976年にワイン業界に何がおきたのか?

時はアメリカ独立200年を記念すべき年。ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」の創始者としてフランスワイン界で有名出会ったスティーヴン・スパリュアは、ワインをテーマにしてアメリカを祝うイベントができないかと考え、思いついたのがカリフォルニア産のワインをフランスワインと比べて試飲するという企画でした。
当時アリフォルニアワインはワイン造りが盛んになってきて、カリフォルニアで高級ワインを造り出人々が出てきていました。
伝統を守ることで凝り固まっていたフランスとは異なり、アメリカは20世紀になって発達してきた最新の現代醸造学を取り入れるのに抵抗がなかったといい、さらに試行錯誤して失敗を恐れない精神の持ち主が多く、いつの間にかカリフォルニアのワインは成長を遂げていたのです。
カリフォルニアで当時最高と評価していたカベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネ各6銘柄とフランスも同品種格4銘柄の試飲する会を開くことで、アメリカ独立200周年を祝うことにしました。カリフォルニアワインは、テイスティングの直前に旅行したスパリュアが持ち帰った24本。フランスの白ワインはすべてブルゴーニュ、赤ワインはすべてボルドーのものでした。


信じられない結末が待っていた

1976年5月24日、パリのインターコンチネンタル・ホテルでフランスとアメリカのワインとの、ブラインド・テイスティング大会が開催されることになりました。それぞれのワインをトップレベルのテイスター達。ワイン専門誌の編集者、高級ワインを審査するAOC委員会の主席審査員、DRC(ロマネコンティ社)の共同オーナー、タイユヴァンのオーナー、シャトー・ジスクールのオーナー、トゥール・ダルジャンのソムリエ、3つ星レストラングラン・ヴュフールのオーナーシェフ、レストランガイドのゴー・ミヨ紙の販売部長など9人の審査員がブラインド・テイスティングで点数を付け、順位を決めるというもの。
もちろん全員フランス人です。

そして結果が発表されました。誰もが信じられない結果に・・・


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■白ワイン
1位:シェトー・モンテレーナ 1973(米)
2位:ムルソー・シャルム・ルロー 1973(仏)
3位:シャローン 1974年(米)
4位:スプリング・マウンテン 1973(米)
5位:ボーヌ・クロデムシュ、ジョセフ・ドルーアン 1973(仏)
6位:フリーマーク・アベイ 1972(米)
7位:バタール・モンラッシェ、ラモネ・プルードン 1973(仏)
8位:ピュリニィモンラッシェ・レ・ピュセル、ルフレーヴ 1972(仏)
9位:ヴィーダー・クレスト 1972(米)
10位:デイヴィッド・ブルース 1973(米)

■赤ワイン
1位:スタッグス・リープ・ワインセラーズ 1973(米)
2位:シャトー・ムートン・ロートシルト 1970(仏)
3位:シャトー・モンローズ 1970(仏)
4位:シャトー・オー・ブリオン 1971(仏)
5位:リッジ・モンテ・ベロ 1971(米)
6位:シャトー・レオヴィル・ラスカーズ 1971(仏)
7位:ハイツ・マーサズ・ヴィンヤード 1970(米)
8位:クロ・デュ・ヴァル 1972(米)
9位:マヤカマス 1971(米)
10位:フリーマーク・アベイ 1969(米)

なんと、当時まったく無名だったカリフォルニアワインが、バタール・モンラッシェ、ムートン、オー・ブリオンといった最高のフランスワインを打ち破ったのでした。


その後のワイン業界

このブラインド・テイスティングの模様は、「パリスの審判」として新聞やメディアが大きく書き立て、広く知られるようになり、「優れたワインはヨーロッパから」という常識が崩れ去って行きました。
パリ対決以後、「フランス以外でも素晴らしいワインは作れる」といった常識や、ブラインド・テイスティングによる競争的比較試飲による「ワインの民主化」は、現在では当たり前のようになっており、ワイン業界は世界的な競争と激動の時代に突入して行くのでした。



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