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ワインの味と香りを左右する酵母の働きについて語ろう

河上 純二 a.k.a JJ
河上 純二 a.k.a JJ



ブドウの果汁をワインというアルコール飲料にするのは、酵母の働きです。酵母がいなければ、どんなに良いブドウがあっても、酒にはならずにブドウジュースのまま。酵母はブドウの果汁に含まれる糖を分解して、炭酸ガス(CO2)とアルコールを作ります。
そんな酵母はどこにでもいる微生物。たくさんの種類と個性があり、その個性の差がワインの味の違いを生み出します。酵母がブドウジュースをワインに変えてくれる仕組みや、微生物の作り出す豊かな世界についてのあれこれを語ります。


ブドウからワインができるまで

ワイン作りは非常に大雑把な説明をすると、ブドウジュースを置いておけばできてしまうお酒。その理由はブドウが高い糖分を含む果実であり、発酵に関わる酵母がどこにでも生息しているからです。ブドウでできたワインの記録は、世界最古の文明であるメソポタミア文明の時代に見られとても古い歴史を持ちます。しかし、その時代のような原始的な手法では、現在飲まれているワインのような洗練された味にはなりません。

ワイナリーでは、摘んだブドウの実をつぶし、白ワインの場合はそこから果汁だけを絞って発酵させます。ブドウにもともと付いている天然酵母を利用するところもありますが、培養酵母を添加することもあります。そうして果汁は発酵に入りますが、それをどのくらい続けるかで甘口や辛口の違いが出ます。早めに発酵させるのをやめると、糖分が多く残って甘くなり(残糖があると表現)、長く続ければ辛口になります。また、リンゴ酸が多く含まれているワインは酸味が強いので、皮や種を取り除いた後、乳酸菌でも発酵します。リンゴ酸が乳酸に変化し、味わいに丸みが増し複雑味が増します。酵母のアルコール発酵に対して、乳酸菌のものはマロラクティック発酵(Malo-Lactic Fermentation)と呼ばれます。

その後は、沈殿物を取り除くために上澄みを入れ替える滓引きや、伝統的な手法であるコラージュで不純物を取り除きます。コラージュとは、ワインのタンニンと結び付きやすい性質を持つ卵白をワインに入れて、余分なタンニンを分離させる方法です。このやり方をすると、使われなかった卵黄が大量に余るので、ワインの名産地であるフランスのボルドー地方では、その卵黄を使った伝統菓子「ボルドーカヌレ」が考案されたという逸話が。
高級なワインは、さらに樽による熟成も行うことがあります。樽の成分が少しずつワインに溶けて、ブドウと酵母だけでは出せない香りなどをまとわせる効果があります。

ワインの熟成は、瓶に詰められた後も続きます。しかし、長時間たったワインがすべておいしくなるとは限りません。ブドウ品種には早熟タイプと晩熟タイプがあり、何種類かブレンドしてワインが作られます。使用されるブドウの割合によっては、早めに飲むほうが向いているワインもあります。ワインは原料の質と酵母の種類が吟味され、作り手の手間暇が掛けられて、やっと飲む人の手に届くお酒ということがわかります。


酵母と乳酸菌の違いとは

このようにワイン作りに欠かせない酵母ですが、同じく発酵に使われる乳酸菌や、日本酒に付きもののコウジカビとは何が違うのでしょうか。この3つのうち、酵母やコウジカビは菌類で、乳酸菌は細菌類です。酵母などはキノコの仲間なのですが、乳酸菌は大腸菌などと同じグループになります。酵母菌のほうが、乳酸菌よりも動物や植物に近い生き物なのです。

この微生物達は、糖などを分解して人間に有用な物質に変えてくれますが、その働きは自分が栄養を得るために行っています。人間が食事をしても、胃腸で消化分解しなければ栄養として利用できないように、微生物も糖の状態のままでは自分のエネルギーにできません。しかし、胃腸がないので、酵素を分泌して体の外で分解活動を行います。その時にできた分解物が、結果的に人間の役に立つのです。この反応を代謝といいます。

微生物によって、エサになるものやできあがる生成物は違います。酵母はグルコースなどを分解して、エタノールと二酸化炭素を作り出します。乳酸菌もエサは酵母と同じようなものですが、エタノールと二酸化炭素以外に乳酸もできあがります。コウジカビは、デンプンを糖に変えたり、タンパク質をアミノ酸にしたりしています。日本酒を作る時には、まず米をコウジカビに分解してもらって糖を作り、その糖を酵母のエサにしてアルコールを生成させるという段階を踏んでいます。コウジカビだけだと、甘酒になってしまうのです。味噌やしょうゆでも、最初にコウジカビがデンプンやタンパク質を分解してから、酵母や乳酸菌などにその後を任せて、味噌などができあがります。

しかし任せすぎると、作ろうと思ったものとは全く別物になってしまうこともあります。ワインなどの酒を発酵させ過ぎると、酢になってしまいます。これは、酵母によってできたエタノールが、酢酸菌のエサになって酢酸に変わることで起こります。微生物は空気中にいろいろな種類のものがたくさん存在しているので、その影響を止めるための処置を行わないと発酵は勝手に進行します。酢は調味料として大切なものですが、雑菌が繁殖すると利用できない腐敗物になります。腐敗も、微生物の代謝ではあるのですが、できるのはアンモニアや硫化水素です。

発酵とは、人間に必要な成分を作ってくれる微生物だけに働いてもらうということです。


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ワインと好相性の発酵食品

ワインのおつまみとして定番の相性の良いチーズは、乳酸菌によって作られます。乳酸菌はミルクの乳糖をエサにして発酵を行います。乳酸菌の他にも、レンネットという酵素の力も借りて、タンパク質を固めています。カマンベールチーズのように、風味付けのためにさらに別の微生物を加えることもあります。乳酸菌だけで発酵させると、ヨーグルトになります。ちなみに酵母が乳糖からエタノールを作リ出す、ミルクから作るお酒というのも存在します。しかし、ミルクに含まれている糖分は少ないので、アルコール度数はあまり高くありません。味は乳酸菌と酵母菌が働くため、ヨーグルト風味のお酒になります。

チーズがワインのつまみに適しているのは、同じ発酵食品だからだという説があります。ワインの発酵にも一部乳酸菌が働いていることから、味が対立しないと考えられてます。チーズのタンパク質には、アルコールの吸収を緩やかにしてくれる効果もあるので、その点でも良い組み合わせだといえるでしょう。それ以外の発酵食品も、ワインとともによく食べられます。酵母は英語でイーストと言います。日本でイースト菌といえばパンが思い浮かびます。日本では、酒の席で主食であるご飯はつまみにはしませんが、パンはワインでは定番の組み合わセデス。チーズと合わせても良いし、プレーンな味わいのパンは口直しにも使えます。

日本でも、つまみとして漬物や塩辛といった発酵食品が好まれます。このような食品には、微生物が分泌した酵素も含まれていて、それが消化を助けてくれるので、科学的に見ても良い組み合わせです。ワインのつまみとして、和風のものは選択肢として外してしまうことがありますが、発酵食品のグループであるならば、意外と相性の良いものも隠れているかもしれません。


炭酸ガスが果たす役割とは

微生物によって作られるアルコールや糖は有効利用できそうですが、炭酸ガスはどのように生かされているのでしょうか。
ワインのつまみとなるパンがふっくらとふくらむには、炭酸ガスの力がなければなりません。パン作りでは、小麦粉をこねてできるタンパク質のグルテンの中に、発酵したイースト菌が作った炭酸ガスが溜まります。そうすると、グルテンがゴム風船のようにふくらんで、その状態で焼くとタンパク質が固まり、ふわふわでありながら潰れにくいパンができあがります。イースト菌の生成物は、パンの味にも関わってきます。炭酸ガスを発生させるのに重曹などを使ってふくらませることもありますが、微生物を利用した場合と味わいは変わります。

炭酸ガスは、お酒の舌触りや爽快感にも関係します。例えばシャンパンは栓を抜くと泡立ちますが、これも酵母の生成物です。シャンパンはスパークリングワインの一種ですが、スパークリングワインには、瓶詰めする時に発酵とは無関係な炭酸ガスを加えるものもあります。しかし、シャンパンと名乗れるものはフランスのシャンパーニュ地方で作られたワインで、瓶詰めする際に酵母とエサになる糖を添加し、瓶の中でもう一度発酵させたものだけを指します。このシャンパーニュ方式以外にも、瓶詰めする前に発泡用のガスを新たに発酵させて作るもの、ワインを醸成途中で密閉できる瓶に詰めることで、発泡できる量のガスを維持させるものといったスパークリングワインの作り方もあります。ワインを樽などに入れていると、酵母によって生まれたガスが木の隙間から逃げてしまうため、そのままではスパークリングワインにならないからです。

ビールも発泡する酒ですが、販売されているヒールの炭酸ガスは後から添加したものが多いです。生ビールを作るためには発酵後に非加熱で酵母を処理し、醸成を止めなければならないのですが、その際に炭酸ガスも抜けてしまうためです。日本ではビールの炭酸にはある程度の刺激がないと物足りなく感じますが、世界のビールには炭酸量にそれほど重きを置かないものもあります。

同じようにスパークリングワインも、炭酸ガスを発生させる方式によっては含有量が少なめの微発泡のものもあり、栓を開けると勢いよく飛ぶようなものばかりではありません。


天然酵母と培養酵母の違いと新酵母の可能性

魅力的なワインを作る酵母には、自然のものと培養したものがあります。自然酵母は名前の通り、ブドウに自然に付いている酵母を利用して発酵させます。培養酵母は、酵母のメーカーが純粋培養した酵母をタンクに入れて発酵に使います。一見すると、自然酵母のほうが良いワインができそうなイメージですが、一概にそうとはいえません。ブドウには、ワインに適した酵母以外の細菌も付着しています。なので、何かのはずみで適した酵母ではない細菌が大量発生してしまうと、ワインの質が落ちるというリスクもあります。培養酵母だと、ワイナリーが目指す味や、原料とするブドウに合った種類の酵母を前もって選べます。そして、その酵母だけを増やすように注意して醸造するので、味や質が安定したワインができあがるのです。

酵母は自然界のあらゆるところに生息していますが、暑い、寒いなどの環境の違いによって、その地方に住む酵母の種類や割合は変わってきます。自然酵母を使うワイナリーでは、そのような酵母の発生の仕方も自然の恵みのひとつとして製造しているのです。自然酵母を使うと、最初はその地に住んでいる複数の微生物が増えますが、だんだん優勢な菌が決まってきて、それ以外の菌は淘汰されていきます。それがどのようなタイミングで起きるのかは菌任せになるため、培養酵母よりも醸造に手間が掛かるのです。そこで、発酵する菌を決定し醸造時間が予測できる培養酵母を利用するワイナリーが多くなっています。

新しくワインに向く酵母を発見しようとする研究もあります。現在発酵に使われている酵母の他にも、知られていないワインに適した酵母が世界にある可能性があるからです。例えば、海の中でワインを作ろうとする人はいませんが、海洋環境で発見された酵母の中に、ワインに適した性質を持つものが見つかったことがあります。このように、研究次第では伝統的な味わいを作るだけではなく、新しいワインを作り出す可能性も秘めているのが、酵母という小さい生き物なのです。


ワインという魅惑の世界を作ってくれる小さな職人

ワイン1滴の中には、数えきれないほどの酵母が潜んでいます。この目立たない存在が、大いなる感動を与えてくれるすばらしい飲み物を作り出しているのです。
科学の進歩によって、今までに味わったことのない新しいワインも今後登場してくるかもしれません。



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