はじめに
関連する記事「ワインの値段と税金」の続きとして、中国の輸入ワイン市場と密輸に関する問題を取り上げます。密輸というのは、文字通り、法律を犯してひそかに輸出入することですので、密貿易ともいえます。密輸と聞いて思いつく代表的なものは、輸出入が禁止されている物品、麻薬などでしょうから、ワインにそぐわない話のように聞こえるかもしれません。
密輸をおこなう目的の中には関税や手続きから逃れるため、という理由もあります。中国では毎年のようにワインの密輸摘発に関するニュースがあります。ワインの密輸は関税逃れと関係しています。中国の輸入ワイン市場に関するデータをみると、面白い事実が浮かび上がります。
2018年の摘発事件
2018年5月14日、およそ2億元(約33億円)相当のワインを密輸したとして17人が逮捕されました。1
脱税規模としては5000万元(約8億3400万円)と大きな事件でした。押収されたワインの中にはシャトー・ラフィット・ロスシルドやシャトー・ムートン・ロスシルドといったフランスのボルドー産の5大シャトーのワインなどが含まれていたというから驚きです。
近年、香港とマカオを通して中国本土へ輸送される物品の保安検査が厳しくなり、摘発されたようです。香港、マカオと中国の輸出入の関係について、ワイン輸入の制度について、なぜ密輸がおこなわれたのかについて、みていきます。
香港とマカオ
関連する記事「ワインの値段と税金」でみたように、中国本土では輸入ワインに40%ちょっとの税金がかかります。一方、香港では2008年4月からワイン関税が撤廃されています(0%です)。その半年後、マカオでもワインに係る関税が撤廃されました。今では香港やマカオでワインを輸入すれば、輸入に係る税金は発生しません。
香港はイギリスの租借地、マカオはポルトガルの租借地でしたが、中国に返還され、今では中国(中華人民共和国)です。ただ、香港とマカオは中国の特別行政区として自治が認められていますし、往来にはパスポートが必要です。ですので、香港やマカオで輸入したワインを中国で売るには、再輸出という手続きが必要になります。つまり、香港やマカオから中国本土に運ばれる物品は、輸入や輸出として公式に記録されて統計として公開されます。
香港やマカオで輸入したワインを正式な輸出の手続きを経ずに持ち出せば(密輸すれば)、違法な儲けを得ることができる、というのがインセンティブとしてあるようです。さて、摘発される密輸ワインは氷山の一角なのでしょうか。
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統計が示す事実
香港とマカオの一人当たりワイン消費量をみると、おかしな数字が出てきます。2008年以降、一人当たりワイン消費量が急激に伸びているのです。Anderson and Harada(2018)2 によると、香港の一人当たりワイン消費量は、2005年の1.9リットルから、2015年には4.95リットルへと、約2.6倍増えています。マカオは、2005年の3.26リットルから2015年に10.14リットルへと3.1倍以上増えています。香港やマカオの人たちは、ワインに係る関税が撤廃されたことを大喜びし、大量にワインを飲むようになったのでしょうか。違うと思います。
一人当たりの消費量とは、国全体の消費量を人口で割ったものですから、短期間の間に一人当たりのお酒の平均消費量が急激に伸びることはあり得ません。入ってくるほうは正式な手続きを経ていても、出ていくほう(輸出)で手続きを経ないで中国へ運ばれているワインがあると推測するのは的外れではないはずです。
輸入量もみてみましょう。香港のワイン輸入量は、2005年で15,124キロリットル、関税が撤廃された2008年で30,327キロリットル、2015年は63,390キロリットル、10年ほどの間に4倍以上に増えています。マカオでは、2005年の1,551キロリットルから2015年の6,011キロリットルへと、こちらも4倍近く増えています。急激に増えた輸入ワインはどこにあるのでしょうか。
香港やマカオから輸出されたワインももちろんありますので、ワインの純輸入量(輸入から輸出を引いた量)もみてみましょう。香港では2005年に13,077キロリットル、つまりこの年に輸入された15,125キロリットルのうち、再輸出された量は2,047キロリットルということになります。2015年の純輸入量は36,048キロリットルですから、輸入量の半分以上は香港にあるか、香港で消費されたか、公式な手続きを経ずに運ばれたかということになります。マカオの状況も似ています。2015年に輸入された量(6,011キロリットル)のうち公式に輸出されているのは0.7%に過ぎません。
一人当たりの平均消費量は頻繁に変わるものでもありませんから、統計が示す事実は、何か統計から漏れているものがある、ということを示しています。
ワイン熟成倉庫
さて、マスターオブワインのジャンシス・ロビンソンさんが香港のワイン関税撤廃から10年を記念して2018年2月に記事を書いています。3
そこには、この10年で香港にはワインを熟成させる倉庫を運営する会社が増えたことが記されています。熟成に適した温度、湿度を維持するワイン専用の保管サービスは日本でも利用できますが、香港では44社もあるそうです。4
香港やマカオで輸入された高級ワインは倉庫で熟成されているものもあるでしょうし、手続きを経ないで中国本土へ運ばれたものもあるのだと思います。
おわりに
2015年12月に中国とオーストラリアの自由貿易協定が締結されました。中国がオーストラリアから輸入するワインに係る関税は2019年までに撤廃されることになっています。中国がワイン生産国と結ぶ自由貿易協定が増えると密輸の問題も影をひそめるかもしれません。中国の輸入ワイン市場についてのお話でした。
===文中の補足説明===
1
ニュースは以下を参考にしました。https://www.thedrinksbusiness.com/2018/05/china-busts-biggest-wine-smuggling-ring-since-2017/
2
2.Anderson and Harada (2018), How much Wine is Really Produced and Consumed in China, Hong Kong and Japan?, Journal of Wine Economics 13、近刊
3
https://www.jancisrobinson.com/articles/hk-celebrates-10-duty-free-years
4
http://www.hkqaa.org/cmsimg/WSMS/Binder2%20-%20Copy%201.pdf
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